社員インタビュー

難しい説明より実際に働いている人の声!
河津工業で働いてみてどうなの⁉

社長が社員に聞いてみた!

・河津工業?型枠解体?
・やっぱり説明だけじゃわかりにくい
・どんな人が働いているの?
・働いてみてどうなの⁉


社長(以下かわ)
今回は河津工業の最年少!4月に20歳を迎えた入社3年6か月の隆也さんに話を伺います!
よろしくお願いします!
※令和3年10月のインタビュー

よーいスタート!

隆也さん(以下りゅう)
よろしくお願いします。

かわ
隆也さんといえば、当時16歳で河津工業に入社した平成30年の4月2日。
初めて社会人としての一歩を踏み出した最初の日、仕事した日のこと覚えてますか?

隆也さん(以下りゅう)
…いや、まったく覚えてないですね。(笑)

かわ
えっ⁉覚えてない⁉(笑)
じゃあ仕事を始めた頃に感じたことはあったかな?

りゅう
やっぱり最初の頃は体力的にきつかったです。

インタビュー中の隆也さん

かわ
働きだしてすぐの頃、たしか1か月くらいだったかな「もう辞めたいです」って言ってきた時期があったよね。
あの時はどんな気持ちだったのかな?

りゅう
あの時は体力的にきつくて、いろいろ覚えることも多くて、「この仕事は自分に向いてないな…」と思って。

かわ
なるほど。隆也さんにとっては社会人としての第一歩でもあったし。
最初の6か月くらいまではみんな体力的に一番キツいし、作業手順やコツも未熟でなかなか上手く仕事できないこともあって退職者も多い時期。
でもそこから気持ちを切り替えて、あれからもう3年半!
あの時に続けられたきっかけは?

りゅう
きっかけがあったと言うか、じっくり考えて「ここで逃げるのはカッコ悪いな」と思いました。

かわ
「ここで辞めたら逃げることになる」と!
17歳になったばかりでそう考えられたのが凄いしカッコいい!(テンション上がる社長↑↑)

りゅう
ありがとうございます。(クールな20歳)

記念に2ショット(左が社長、右が隆也さん)

かわ
でもこの仕事はやっぱり体力的にキツいよね?

りゅう
キツいですね。解体初日が続いた時とか、真夏の地中梁とかが特に。
※解体初日は型枠大工さんに必要な材料を渡すため、急いで作業する日。
※地中梁は建物の基礎部分。地面を掘り下げた状態で風通しが悪く、夏場は日差しとコンクリート熱で暑さが過酷な作業。


かわ
そんなキツい型枠解体という仕事を続けていける理由は?

りゅう
早く帰れる日が多いことは嬉しいです!
そして作業をやり終えた後や建物が出来た時の達成感があります。

かわ
うんうん、確かに!
河津工業ならではのいいところはある?

りゅう
みんなが仲良くてみんな人が良いところですね。

仲の良さが自慢☆彡

かわ
これは隆也さんも含めてホントみんなのおかげ。
そんな河津工業ならではのチームワークはさらに伸ばしていきたいね。
スポーツとかアウトドアなんかの社内行事も今後やっていけたら楽しいかな。
負担にならない程よい頻度で⁉(再びテンションが上がる社長↑↑)

りゅう
賛成です。(程よい頻度なら…という顔)

かわ
河津工業で約3年半働いてきて、入社前の自分と今の自分で変わったこと、進化した部分はあるかな?

りゅう
社会人としての礼儀とかですかね。

かわ
それは前回の社内ミーティングでも話題に出たね。
具体的に当時は出来てなかったけど出来るようになったことはなに?

りゅう
一番は挨拶ですかね。

かわ
それは周りから言われてやるようになったと?(後半になり我慢できず博多弁をお漏らし)

りゅう
周りの人達を見てですね。自分もやらなきゃと思うようになりました。

必殺チームワーク!!

かわ
今の時点での課題や目標は

りゅう
もう少し、型枠大工さんや現場監督さんとのコミュニケーションが上手くできるようになれたらいいなと思ってます。

かわ
確かにそこを伸ばしていければ今より更に頼もしい存在になるね!そこんとこ期待してます!
最後にご趣味は⁉

りゅう
趣味ですか(笑)
これと言ってないですけど3代目とかの好きな音楽のDVDを見ることですかね。

かわ
いい趣味です!
今日はありがとう!ますますの活躍を期待してます!

りゅう
ありがとうございました!頑張ります!


平成30年4月2日入社 有吉隆也 平成13年4月生まれ
入社当時16歳。初めての職場が河津工業。チーム最年少ながら常に冷静で真面目に仕事を遂行する頼れる存在。普段は寡黙だが内に秘める闘志は熱い男。
愛称は隆也さん、有吉先生


『河津工業ではたらく人は楽しそうだな』と感じた方、『隆也さんと3代目DVD鑑賞やライブで一緒に盛り上がりたい!』という方からのご応募お待ちしております!河津工業で働こう!